• Jiro Sakamoto

第10話、ヒッチハイクで大陸横断した話。その1


5か月の究極の冬の仕事を終える時・・・・・

長く苦しい戦いだったが、乗り越えた。

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日もだんだん長くなっていく。 -40℃とかだった世界が、3月終わりごろになると少しずつ暖かくなっていく・・・

自分でもびっくりしたのは、ある日0℃くらいまで温度が上がった日。

『今日はあったかいね~』とか仲間達と言い合いあいながら、ぺらぺらのロングのシャツ一枚だけをきて街を歩いていた・・・

まあ確かに自分が変態だというのは否めないけれど、本当に、あれだけ究極の冬を経験すると体は慣れて、0℃が暖かく感じるようになるもんなんです。

さようなら、5か月一緒に過ごした皆さん!!

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ここのメンバーの半分以上は今でもつながってちょくちょく絡んでいたりします。

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さて、せっかくカナダにいたのに、日本人環境で生活していたので、思ったよりも全然英語が上達しなかった。 とりあえずビザももう少しあるので、バンクーバーに戻り英語環境に住みながら先の放浪の旅のためにアルバイトをすることにした。

オーロラ観光会社で働く前の職場 English BayというダウンタウンのものすごくいいロケーションのMilestone's Restaurantというところで皿洗いをやってました。

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皿洗いという仕事自体は全然いい仕事ではないけれど 現地人の中で働ける。 これは本当にいい経験だった。

ワーホリ人気国では日本人オーナーの下で働く日本人ワーホリを搾取してるようなところばかりだけれど。 現地人の中で働けば、賃金も高く、リラックスして働ける。 日本人的感覚で真面目に時間も守り働けば評価され、賃金もあげてもらえた。

英語自体は満足にしゃべれないけれど、若かったこともありかわいがってもらえた。 だいぶ後になって気づいたんだけど実はそのレストランはゲイストリートに面していて、同僚はゲイレズビアンばかり、自分はアジアンボーイだからモテモテだったとかどうとか・・・

📷 (キッチンスタッフたち)

📷 (そして職場内で即席で作ったソフトボールチーム、デンマンレインボーズ)

そして、5月末、ビザぎりぎりまで働いて、その後は滞在延長するために観光ビザに切り替え、旅立ちの時。 同僚たちには送別会まで開いてもらい、見送ってもらった・・・餞別として少しばかり包んでいただいた。

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さて、まずはカナダを東まで行って、そこから再びアメリカに入り、南米まで南下していくプラン。

せっかくカナダを横断するんだったら、普通にバスで行くと面白くないし、普通の人がやらないことをやりたがりなもので (ネタ作りたがりなのか、昔からそうだった。)

ヒッチハイクでバンクーバーからハリファックスまで行くことにした。 つまり太平洋から大西洋まで、ヒッチハイクで大陸横断。

なぜそんなことになったのかというと。

ちょうどそのオーロラ観光で働いていた時、3・11の地震が起きた。 たくさんの人が無惨になくなり。

海外のスクリーンの向こうから、まるで地球滅亡映画のような画面を見ていた。 路上では日本のことを思うカナダの人たちから励まされたり、日本を助けようと募金したりする活動をよく遭遇した。 FBでボランティアなどで精力的に動く人たちのアツい訴えの投稿もよく見た。 連絡は全く取ってないけれど、おそらく、自衛隊の元同僚たちはみんな出動していっただろう。

そんな中で、自分も何かできることをしたいと思った、でもどうすれば??? 

遠くにいては何もできない・・・いや、そんなことはない、寄付ができる。

これから長い長い貧乏旅行をするにあたり資金はヒットポイントにあたるので、たくさんはするほど余裕はないけれど、せめてカナダで稼いだお金の中からカナダに落とす予定だったお金。 カナダを横断するための交通費。400ドルを寄付をした。

そしてその代わりそれを何らかの方法でカバーするためにお金がかからないヒッチハイクで旅をする。

つまり、間接的に乗せてくれた人ってのは日本に寄付したことになる。 そのストーリーを乗せてくれた人に伝えるんだ、そしてこう言うんだ『日本を助けてくれてありがとう!』

人生初のヒッチハイクだったんだけど、それがいきなり大陸横断の旅になった。


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