第26話、世界一周の最後にシベリア鉄道で日本へ帰国した話。

最終更新: 2019年9月30日

北欧での挑戦は、どちらかというと失敗という形で終わってしまった。


さて、これからどうしよう??

元々、就職活動が完遂しなかった場合にはそのままドイツワーホリにて来年まで待ち、再トライするつもりでいた。


いやしかし、犬ぞりの仕事に関していえば、ヨーロッパだけではなく全世界を視野に入れるのであれば必ずしもヨーロッパにいる必要はないわけで


オーストラリアワーホリってのもアリかな、、、


ワーホリってのは自由度はかなり高く、僕のような海外経験ほぼゼロだった様な人にもそうだし、これからその国で何かやりたい人などにとって踏み切るためのステップとしてもいい制度だとも思う。

できれば今の日本人の若者みんな、特に旅だったころの僕と同じように殆ど日本を出たことないような人達には是非ともとって欲しいビザだ。是非とも全く違う文化、考え方をする人たちに触れて欲しい、そして是非とも沢山のカルチャーショックを経験して欲しい。


だけど思った、今もう一度、仮にそれを今もう一回やるとして・・・あの時ほどの感動・・・それ以上の価値がカナダワーホリの時以上にあるだろうか??


・・・・・


多分無いだろう。

もちろんタイミングとフィーリングが合えばもう一度ワーホリ取りたい、まだ26歳だし時間は十分にある。


でも今は同じようなことを繰り返すんじゃなくて、それよりももっと面白そうな国ってないかな?????


今はもはや動き回らなくてもいいから・・・もしどこかに一年間住むとして、今一番それをやってみたい国・・・・一番気になってる国ってどこだ??


それは自分の中では意外な盲点、というか忘れてた・・・・あそこだ、、、日本だ!!!


日本に住んでみたい!


日本に帰らずにワーホリ、放浪、ワーホリ、放浪って同じことを繰り返すのは気持ち的には楽だ・・・

もともと日本を離れた時に思ってたことは、最低3年、もしくは自分の進みたい道が見つかるまでは日本へ帰らない。そして一時期は二度と日本に帰らない覚悟もしてたこともあった。


旅の資金が尽きたというわけでもなく、もちろん自分の進みたい道が決定的に決まったわけじゃない、今の気持ちは来年も犬ぞりの仕事にトライしたい、可能であればそれを天職としたい、でもそれは今の段階でのあくまで1つのアイデアっていうだけだ。

・・・・・とにかく、こうやって旅をしてて新しい人と出会い、新しい価値観を知ることによって色々と考え方も変わってくるもの


そして今はもう旅行は十分、もちろん旅行は楽しいものだし娯楽からでも学ぶことは沢山あると思う、だからもしこれも出来るのであれば同じように誰でもバックパッカースタイルの旅をやって欲しいことだ。

けれど、はっきりいって今の自分にとってはこれ以上放浪することから学ぶことって無いような気がする。



それよりも何というか・・・・少し別の刺激というか・・・新しいステップというべきか




・・・・・




そりゃあ多少なりと不安はある、これには勇気も必要だ、日本でやっていけるだろうか???

息が詰まって鬱になったりしないだろうか??


でもその不安があるってことは同時にワクワクもある。

自分の知らない世界を見てみたい。

今の自分の目には自分の国がどのように写るだろうか。

あの311の大地震の後に日本国民の意識は変わったよと友達の殆どは言ってるものだし、それを一度感じてみたい。



この旅の中で培ったもの、色んな人と出会って得れた沢山の価値観や色んなアイデア、

一度自分の国に帰って、気持ちをリセットして、また別の視点で今までの世界、いや新しい世界に触れてみたい。

そこで何かまた別の刺激もあるだろうし、昔の友達にも再会したいし、そこでまた新しい人にも出会いたい、そこではまた違った新しいアイデアが生まれるかも知れないし。


きっと今の自分にとってはこれが一番いい道だと思う。



ということで、もうこの旅は終わらせてしまおうか・・・・そうやって日本へ帰ろうと一大決心した!!





ということでヘルシンキから船に乗り南下・・・





船旅って言うのはものすごく旅してる感じがして好きだ。

分かる人にはわかると思うけれど、何だかどの交通手段よりも旅情に浸れる・・・


そしてエストニア、ラトビア、リトアニアと南下していった。






この時期のどんよりとした空と東欧チックな悪趣味というかなんとも言えないかわいらしい街並みが良くマッチしている。

そして、僕が来るのとほぼ同じ日にその国ごとの初雪が降っていたそうだ。

ここら辺の東欧はまさに美女大国として名高いけれど、本当にそうだと思った。



そこまでやってきたのは、せっかく日本に帰るのであればここまで旅してきたんだから、最後は旅人らしく帰ろうかと、シベリア鉄道で帰ろうと思ったからだ。

道中の情報によると、ロシアのビザが少々曲者であり海外からとろうとするのはちょっと面倒だということ、だった。

色々調べていくとリトアニアからだったらわりかしビザも取りやすいということだった。


日本人にとってリトアニアだけロシアビザが通りやすい・・・??

歴史上の偉人である杉浦千畝さんの功績からだろうか???





2週間ほどリトアニアを観光しながら・・・ひたすら待つ。

リトアニア、日本人の印象もかなり良く、リトアニア人もとても良い人ばかりに出会い、かなり好きな国になった。



そしてヨーロッパ滞在90日ギリギリでビザが降りて、その日の夜にはロシアに入国した。

入国管理のおばちゃんにはよくわからない英語でやたらと質問され、しつこく厳しい目でまじまじと見られ・・・その集団の中で僕一人だけ念入りにチェックされ、最後になってしまった、それを何とか突破しパスしてモスクワ到着。








言語も変わり、英語も通じず、さらにキリル文字になるため、、、チケットを取るのも一苦労・・・

本当に道行く人の誰一人英語しゃべらない、文字も読めない・・・・

もうほとんど身振り手振りで行くしかなかった。

(今だったらスマホ翻訳機があるので結構簡単でしょうが・・・当時はそうだったのです)


でも今思うんだけど、楽しく旅をするのには言葉って通じないほうがいいのかも知れない。

こうやって身振り手振り、そして、表情で、時には筆談で・・・・あらゆるコミニケーションできるツールをすべて使う。まさにこれこそがハートとハートで会話することじゃないかなって思う。

そんなのがシンプルで楽しい。


まあ今までは英語かスペイン語が通じる国しか行ってなかったからね。



また、滞在先でも外国人登録というものをしないといけなかったり、一番ひどかったのはこの国の人はあまりGoogleを気にしないのか、宿が全く違う場所にあったりして、せっかくそこまで歩いたというのに極寒の中を無駄に歩かされたりして。本当にヤバいと思ったこともあった。

とにかくもう、僕のように広く浅く観光旅行してるだけの旅人にはちょっと難易度の上がる国だったわけではあるけれどそれをどうとらえるかであって、一筋縄では行かないから面白いということでもある。





ここシベリア鉄道の起点となるモスクワ駅から乗車し





一番安い3等なので狭いけれど、旅は慣れていたのでちょっと柔らかくて横になれるというだけで快適!

満足満足。




寝て起きてお茶飲んでカップラーメン食べて・・・そして窓の外をぼーっと眺めていつものように旅情に浸り。



妄想していたような、ロシアの妖精のような美女とそのまま恋に落ちてしまうような夢のまた夢。



実際にはトドのようなおばあさんと二段ベットの上下で親密な関係になり




いつも通りこんなストツーのロシア代表のザンギエフみたいなむさくるしい男達に囲まれながらの旅でした。


<