「次の選挙には出ない」「八女からいなくなる」という噂について
こんにちは、八女市議会議員の坂本治郎です。
シルバーウィークに地域のお祭りに参加した際
「坂本治郎は次の選挙に出ない。そして八女からいなくなる、という噂を聞いた」
と声を何人かから聞きました。
進退に関わる話ですので、丁寧に説明するべき立場上、今考えていることを、改めて自分の言葉で書いておきたいと思います。
現段階における今後の可能性としては、
①県議選に挑戦すること
②市議選で2期目に挑戦すること
③そして市議を1期で終えること。
この三つを考えています。
「それって、つまりまだ何も決まっていないということでは?」
と思われるかもしれません。はい、その通りです。
ただ、それぞれを考えている理由はありますので、少し丁寧に説明させてください。
まず、八女からいなくなるのか
妻がフィリピン人であり、現在息子の発達障害の関係で現地で療育を受けていることから、「議員を辞めたらフィリピンに行くのでは」という噂がたってるのかもしれません。
当然、家族と過ごす時間を増やしたい気持ちは、もちろんあります。
ただそこには現実問題もあります。
私は家族を経済的に支えていかなければならない現役世代です。フィリピンで収入を得る見通しがない、収入基盤が八女である以上、簡単に生活の拠点を移すことはできません。今やフィリピンだって物価安くないし、昔よりも航空券かなり高いんです。
そして笠原をはじめ、八女にはお世話になった方、恩人と呼べる方がたくさんいます。天空の茶屋敷もあります。それらを放り出して、急に八女からいなくなることは私の性格上ありません。
議員を辞めれば、フィリピンに長く滞在する時間はつくりやすくなります。
一方で、議員報酬があるからこそ、家族を支え、会いに行くための渡航費も安定的に確保できます。
どちらにも家族との時間につながる面があります。
だから、家族がフィリピンにいるという理由だけで、議員を辞めるかどうかはあまり理由になりません。
そもそも、なぜ市議会に入ったのか
そもそも私が市議会に挑戦したのは、若い世代が政治に参加する流れをつくる、その一助になりたいと思ったからです。そして、自分の知らない世界に飛び込んでみたいという好奇心もありました。あと、今後家族を安心して養うためにお仕事させてほしいという現実的な話はありますが。順番としては社会を変える一助になりたいが先であり現実的な話は後です。
11年前、八女にやって来たとき、私は知り合いが一人もいない無職でした。長く旅をしてきたため、一般的な職歴という意味では空白もあり、「世捨て人」のような状態だったと思います。そんな自分がスーツを着て議場に座るとは、当時は想像もしていませんでした。
そして市議になって、本当に貴重な経験をさせていただきました。1期だけですが、議場で訴えたことを受けて市が動いてくれたこともあり、多少の手応え、そして自分の考えも市政に取り入れて欲しいと、ある程度言いたいことは出し切った達成感も感じています。
そのうえで、私が願うのは、民主主義の現場がもっと良くなることです。私一人が議席に残ることだけでなく、これまで政治から遠かった人も挑戦しやすくなる流れを大切にしたいと思っています。
①県議選に挑戦する可能性
今回、福岡県議会をめぐる問題が全国的なニュースになり、改革を求める声が上がっていることにより私の中での選択肢になりました。
「これまで遠かった人も挑戦しやすくなる流れを大切にしたいと思う」という私の掲げる旗から言えば既存の政治とは少し違う場所から市議会に入った私が、「県議会の仕組み改革」を訴えて選挙に挑戦する。それは、意味のある挑戦になり得ると思っています。
私は支持母体がないからこそ、自分の一存だけで大胆に挑戦できます
当然やる以上は2自治体の地域を駆けずり回り、本気で勝つつもりで挑むと思います。
一方で、前回の市議選で794票であり、なんの組織もない、行事も葬式にもあまり出たことない私が簡単に勝てる選挙ではない現実も当然理解しています。
なので、さらされて負けることが怖いとは思ってませんが、自分よりも明確に強く、勝てる見込みがあり、改革を訴える人がもし立つのであれば、私が出ることにこだわらず、その人を応援する側に回ることも考えています。
なのでもし改革を訴える候補が誰も出ないのであれば、私自身が挑戦する覚悟もあります。
県民が選べる選挙にしたい。つまり私が八女にいる以上、八女広川の県議選は無投票にはなりません。
②市議選で2期目に挑戦する可能性
市議会は大変なこともありますが、やりがいのある仕事です。
そして、経験や特別な経歴がなくても、思いさえあれば学びながら務められる仕事です
それと同時に、議会にはもっと多様な人がいてほしいとも思っています。たとえば、私の知る限り、八女市議会にはこれまでずっと無所属の女性議員がいません。今の議会で、さまざまな立場の市民の声を十分に拾えているのだろうか、という疑問もあります。
新しく挑戦する人を応援し、出馬へのハードルを下げる。そのために自分ができることも考えたいと思っています。そうした新しい動きと、私自身が2期目に挑戦することの両方を見ながら判断したいです。
そして考えなければならない現実として、選挙は想いだけではどうにもならない現実的な話もあります。
例えば私の場合は出馬前に数年間にわたり継続的にテレビや新聞などメディアに出たりしてました(選挙前にNHKでかなりいい感じに取り上げてもらいました)
伝統的な選挙活動はほとんどしてなかった泡沫候補のように見られていましたが、それまでの積み重ねと知名度が武器になった背景もあると思います、そして東部の若者応援する方の票が集められたのかもしれません、つまり差別化という意味で割と有利な戦局になっていた、とはいえギリギリでした
つまり自分が継続して立つことがその流れの後押しになるのか
それとも票を食い合って自分の存在が新しいチャレンジしたい人の可能性を狭めることになるのか、、、、これはしっかり考えて判断したいです
新しく、チャレンジしたい人の相談は何件か受けているので、まずはその人たちがちゃんと出馬できるように応援したい、というのが自分の出馬より優先に考えてます。
③1期で議員を終える可能性
正直に言えば、議員を辞めるのが惜しくないと言ったら嘘になります。
無所属だからこそ、自分で考えて発言できる自由があります。
やっと仕事にも手ごたえを感じるようになったし、副業も可能、待遇の面でも恵まれている立場です。ただ、その待遇や立場を手放したくないという理由だけで、議席に残るべきではないとも思います。
そして、家族を支えるために稼ぐという現実を考えるなら、今片手間に取り組んでいる宿泊やインバウンドの仕事に全力を注ぐ道もあります。そのほうがハネる可能性だってあるし家族と過ごす時間をつくりやすくなるかもしれません。
そして議員を辞めたとしても、政治との関わりが終わるわけではありません。
議員とのつながりはそのまま残るだろうし、市民側の声を翻訳して伝えることもできるでしょう、そして議会の外から、次に挑戦したい人を応援することもできると思います。
仮に1期空けて改めて立候補するとしても、そのとき私は45歳。遅い年齢ではない、むしろ適齢です。
最後に
三つの道のどれも魅力があります。
だから、現時点で結論が出ていないという事もあります。
今後の選挙の状況や、新しく挑戦する人の動き、家族の暮らしと仕事の見通しを見ながら、自分がどこで力を尽くすことが家族のため、そして社会のためになるのかを考え、最後は自分の責任で決めます。
年内ぎりぎりか年明けになるかもしれませんが
進む道が決まったときには、またお伝えします。
少なくとも、急に八女からいなくなることはありえません。これからも、どうぞよろしくお願いします。
そして、議員としてあと半年で終わる可能性も十分にある。
だからこそ、出すべきものは出し切らないとなと思ってるところです。
議場で上げて欲しい声、いつでもお待ちしております。




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