top of page

フィリピンで40歳の誕生日を祝ってもらいました

更新日:2025年12月28日

先日、40歳の誕生日を迎えました。

ありがたいことに、今年は妻の実家であるフィリピンの家族に祝ってもらうことができました。持ち寄りパーティだったり音楽ノリノリで老若男女ごちゃまぜでのダンスしたり、、、面白い体験でした。


思い返せば約10年前、家族を養うこと、世間体とかいわゆる『ちゃんと生きること』をあきらめ田舎でひっそりと余生を面白おかしく生きていこうと思ってたことをお思い出せば感慨深いものです。


年末ということもあって、航空券は高いし、仕事の調整も正直かなり大変でした。

議会の日程も何度も変わり、その度に航空券も変更する、しかも自分が航空券を買った日、変更した直後にまた日付が変わる、、、そんな無駄な出費に精神も予算も振り回されてしまいました。

いくら厚遇を貰ってるとはいえ流石にキツかった、しかしそれが責任がある職についてる宿命ですね。


それでも、40歳という人生の節目くらいは家族と一緒に過ごしたいなと思って無理をしてでもいきました。


もちろん行って良かった、けれどまあ正直なところ、来年からは年明けに会いに行く形でいいかな、と思っています。

今回「40歳の誕生日」という区切りだけは、どうしても一緒に過ごしたかっただけですので





クリスマス生まれの小ネタ



僕はクリスマスが誕生日です。12月25日。

昔から周りに言われてたのは「ビッグな日が一日にまとめられて損した気分になんじゃないの?」

と言われるけれど個人的な感想としては特にそんなことはないです


(もちろん自分のためではないのは知ってるけれど)自分の誕生日に向けて町中がライトアップされる、しかもそれは日本だけじゃなく世界中で、旅人時代なんかどこに行っても盛大にハッピーバースデーソングやちょっとしたお祝いしてもらってたし

正直悪くないのです


12月24日

12月25日

12月31日

1月1日

この辺は個人的にはベスト誕生日トップ4だと思ってます。いやー、よく当たったものです。父ちゃん母ちゃんありがとう。


もしかしたらクリスマス生まれなのはキリスト教の強いフィリピン人と結婚するという伏線だったのかもしれません、ちょっとスピってるかもしれないけれどなんだか歳を重ねることにそういった『点と点が〜』みたいな伏線回収エピソードを感じるものです



ちなみにトリビアですが、クリスマスと年越しを本気で祝うアジアの国って、実はそんなに多くありません。フィリピンと日本はその代表格です。


もし独身の方で、

「日本の年末年始の、あの家族感・カップル感が強すぎて、急激に寂しくなって病んでしまう」

というタイプの人がいたら、ひとつのおすすめ戦略があります。

それは、西洋文化の侵食が強い国や地域を年末年始はあえて避けることです


具体的には、


  • 日本

  • フィリピン

  • 韓国

  • 香港

  • シンガポール


このあたりは、年末年始の「家族」「恋人」ムードがかなり強いですので独りだと強烈に寂しさを感じやすいでしょう

逆に、アジアの別の地域を旅してみると、全然そうでもない。というトリビアですが、意外と効くとおもいますので是非。





豊かではないフィリピン


さて、みなさん知っての通り、フィリピンは日本と比べたら全く豊かな国ではありません。

インフラはボロボロ。

渋滞は日常茶飯事だし、停電も珍しくありません、ゴミだらけ、政治も警察も汚職だらけというし、治安も悪いしいろいろカオス、1回の里帰りで交通事故現場を一回は見るのがほぼ100%です

(ネット上では日本政府の悪口を言っていたり、日本が貧しくなってることを嘆いている声がありますが、そういう人こそ是非フィリピンに行って現地の人と交流して欲しいです)



とにかくもう普通の日本人の感覚で見ると「不便だな」と思う場面だらけです。


でも、それでもなお感じるのは、

貧しいからこその豊かさが、やはりあるということです


人との距離が近いこと。

子どもに向けられる無条件の愛情、そしてそれを全力で表現する感じ

多少不便でもダメ人間でも「まあいいか」で笑って済ませる空気。



日本で生活していると、いつの間にか忘れてしまいがちなものをここでは当たり前のように受け取ることができます。『そのままでいいんだよ、生きてていいんだよ』というメッセージをひしひしと感じます


その昔、ダメ人間だからこそ心の療養として、当時は物価の安かったフィリピンやタイに長期滞在してニートをやりに行くという「外ごもり」という言葉がありましたが。

実体験としてもその昔自衛隊で上司や同僚にボロクソ言われて病んでいた頃の僕が実際にバンコクでそういうダメ人間達にものすごく勇気をもらえた経験もありました。

この感覚を使った療法は今でもニーズありそうですね、ただ物価が昔ほど安くないのが、、、、


と、話は脱線しましたが、今、自分の子どもを、こうした環境の中で預けることができている。これは、親として本当にありがたいことだと感じています。



八女市の市政に少し関連することを言うと、

市議会議員として活動していて

黒木斎場の老朽化について、市民の方から不満や意見を聞くことがあります。


もちろん、そうした声は大切ですし、改善すべき点もたくさんあります。

ただ、個人的には思うことのは、ぜひ一度、フィリピンの“本当のボロボロ”を見てほしい。


それは決して、日本をディスる話ではありません。幸せの基準を知るという話です。


本当にボロボロな場所にも、人は暮らし、笑い、子どもを育てています。

日本のように子育て支援はありませんし障碍者の福祉手当なんてものもありません。

しかし、そこには不思議と「人間としての豊かさ」が残っている。


日本は、十分に豊かです。

だからこそ、少し余裕を持って物事を見られる社会であってほしいな、と思います。




「自分は貧乏だ」と自虐する妻を見て思うこと


妻はよく、自分の実家が貧しいことを自虐します。

ネタっぽく言う時もあれば、ふとした瞬間に本音っぽくネガティブな感情漏れることもあります。


おそらく「自分は恵まれていない側の人間だ」という認識が、長い時間をかけて染みついているからなんだと思います。


実際に妻の家は屋根はとたん屋根、ハンマーで叩き壊せそうなベニヤ板だったり竹を編んだものが壁だったり、トイレには便器がない、シャワーもないからバケツと洗面器で体を洗います。ただ家の水が出る蛇口があるから地域の人たちはそこに水を汲みにくる

つまり周りよりほんのちょっと豊かなのかな、、、正直そこはよく分からない


僕自身はバックパッカーあがりなのでそこの生活をなんとも思わないですが、豊かさ衛生面に慣れ親しんだ多くの日本人には耐えられないかもしれません


しかし妻の実家が貧乏なことについての僕の感想はむしろ妻と逆で、もし妻が、いわゆる“それなりに豊かな家庭で育った日本人的価値観の人”だったら、

自分の尊厳の方が壊れていたかもしれない、と本気で思っています。



日本の「ちゃんとした夫」像と自分は合わない


日本で一般的に求められがちな価値観って、


  • 安定していること

  • 先が読めること

  • 無茶をしないこと

  • 家族を危険にさらさないこと


だと思います。

そういった人生が面白いか面白くないか論は置いといてそれ自体は、ものすごくまともだと思います。

しかしながら僕の人生を振り返るとその価値観とは、かなりズレています。


そもそも、山奥に住みたいと思ってる時点で、

僕は普通の感覚からするとだいぶ浮世離れしています。


それから

生まれたばかりの子どもがいるのに、歩いて日本を縦断したり、勢いで市議会議員に立候補したり。


冷静に考えたら、

これ、ほぼ確実に「嫁ブロック案件」です。

僕にとっては存在の全否定みたいなものです



「止められなかった」のではなく、「許容された」


もし相手が、

  • もっと安定を重視する人

  • 世間体を気にする人

  • 日本的な“ちゃんとした人生設計”を大事にする人


だったら、

これらの挑戦は、たぶん一つも成立していません。

でも、妻は違いました。


無条件に賛成したわけでも、

全部を理解していたわけでもないと思います。


ただ、「この人はこういう人間なんだ」

という前提で、容認してくれた。


「ちゃんと稼いで養ってくれさえすればよい」

というシンプル論で

比較や期待で人を縛らない感覚を、

ナチュラルに身につけていた、ということだと思います。



尊厳が守られている感覚


おそらく、結婚生活の中で、

自分が「評価され続けている」「採点され続けている」と感じると、人は確実にすり減ります。


しかしながら僕は、

  • 無茶をしたら怒られることはあっても

  • 人格そのものを否定されることはない

  • 失敗しても、関係が壊れる前提ではない



という安心感があります。

だから、妻が「自分は貧乏だったから」と自虐するたびに、内心では少し複雑な気持ちになります。



『だから僕は助かってるんだけどなぁ』



確かに、経済的には恵まれていなかったかもしれない。でも、その分、

家族のありがたさを知っている。

支え合う感覚が自然に身についている。

お金以外の価値をちゃんと理解している。


そして、今は少しずつですが、実家の環境も良くなっています。急激にではないけれど、確実にグレードアップしている。


しかしこれは誰かが一方的に「養っている」からとは思ってません。

僕は多くの人に支えられて、たまたま今そうなっているだけです。



稼いでいる、というより「稼がせてもらっている」


僕自身、そもそも裕福でもなければ、特別に優秀な人間でもありません。


たまたま生まれた国が日本だったこと。

国力の差があり、いい時代に生まれたこと。

田舎の人手不足、空き家問題、インバウンドの波やや議員の成り手不足という時代の波が来たときに偶然居合わせただけです。


投票してくれた人がいる。

茶屋敷を譲ってくれた人がいる

そして訪れてくれる人がいる

お茶を買って応援してくれる人がいる

その昔、仕事がなかった時代に、日雇いで声をかけてくれた人がいる。


だから、「自分が稼いでいる」という感覚より、

「稼がせてもらっている」という理解の方が、ずっとしっくりきます。




40歳になって思うこと


40歳になって思うのは、

自分一人で成し遂げたことなんて、実はほとんどない、ということです。


家族がいて、

地域があって、

国があって、

時代があって、

その流れの中で、たまたま今ここに立っている。


『こうして40歳を迎えられたこと自体が、もう十分すぎるほどだ』と思う

だからこそ、今あるものを大事にして、

できる役割を淡々と果たしていきたい。


40歳の誕生日は

そんなことを静かに確認する時間になりました。


また来年もよろしくお願いします。







👣 福岡県八女市の山奥にて、宿・お茶・言葉のある暮らしを続けています。


🏡 宿泊案内はこちら

八女の山奥の集落の一番上にある茶畑に囲まれた古民家。目の前に絶景が広がり、家の裏には壮大な棚田が広がる。もともとは長年空き家だったその場所に旅人が移住し、地域とともに再生させました。今ではホームステイ型家族経営ゲストハウスとして稼働しています。メディア露出も多数


🍵 お茶の販売はこちら

筆者が宿業をやる傍らでお茶の生産もしています。限界集落に移住してきたものが耕作放棄地を譲り受け、地域の人に学び、農薬などは使わない方法で、訪れてくる人とともに汗をかきながら生産しています。そんな物語のある山奥の自然豊かな所で育った八女茶です。



📖 筆者が書いた著書はこちら

『海外放浪 × 田舎移住』の物語。社会不適合者だった自分が、20代でドロップアウトしながらも、紆余曲折の末に“天職”と感じられる今の暮らしにたどり着き、家庭も持つようになった——そんな流れをつづっています。 福岡の出版社より出版いただきました。

📘 リンク先のAmazonでも購入できますが、正直に言うと在庫処理にちょっと苦戦中です。よければ私から直接お送りできればありがたいです。 送料はこちらが負担します。ご希望あればサインも入れますので、ぜひ気軽にお声かけください。



それぞれの問いあわせはこちらからどうぞ

Tel 09072635544



コメント


bottom of page