「日本文化を尊重できない外国人お断り」と言う前に
- Jiro Sakamoto

- 2月11日
- 読了時間: 4分

近年「日本文化を尊重できない外国人はお断り」という言葉を目にしますよね。
鳥居で懸垂をした動画が炎上したり、神社で騒いだ観光客が批判されたりするたびに、「やっぱり外国人は…」という声が出ています。
確かに、信仰の対象を遊び道具のように扱う行為は、誰がやっても良いことではありません。鳥居は単なる鉄棒ではなく、宗教的な意味を持つものです。
でも、ここで少し立ち止まりたいと思うのです。
僕らは本当にそんなに立派だっただろうか
僕が子どもの頃、近所の神社は遊び場でした。
境内でソフトボールをして、ボールが本殿の方に飛んでいったこともある。階段を駆け上がって鬼ごっこやかくれんぼをして、きっと石段にも傷をつけていたと思います。
神社は「神聖な場所」であると同時に、「地域の広場」でもありました。
もちろん、わざと壊そうとしていたわけではありません。でも、結果としてダメージを与えていた可能性は十分にあります。
そう考えると、「日本文化を守れ」と声高に言う前に、自分たちの足元も見なければならないと思うのです。
日本人も、海外でやらかしてきた
「旅の恥はかき捨て」という言葉があります。
その場限りだから、多少の無礼は許される。そんな空気を、私たちはどこかで共有してきました。実際、日本人が海外の寺院で問題を起こした例もあります。歴史的建造物に落書きをしたニュースもありました。
ベトナムでは恥ずかしげもなく路上で若い女の子に『いくらだ?』と聞いたりして炎上してる日本人もいたり(売買春の文脈ですね)
エジプトではピラミットによじ登り警察と追いかけっこしていたことを武勇伝のように話す日本人にも出会ったことあります
あと、僕の旅人時代は『偽学生証』をもって世界中の観光地を大幅割引で旅するのが一般的に日本人コミュニティの中でシェアされていました、僕は基本的に西洋人旅人とつるんでいたけど、西洋人からその話は聞いたことはないです。もちろんその商売がアンダーグラウンドであるってことは偽学生証を使ってる人はいたはずですが、たまたまかもしれないけれど僕は西洋人には出会ったことはないです、そんなことしてる人達に出会ったのは日本人だけでした。
国籍は関係ありません。人は、匿名になったとき、旅行者になったとき、少しだけ雑になる。それは、日本人も外国人も同じです。
僕が壊してほしいのは「文化」ではなく「昭和マインド」
よく「日本文化を尊重しろ」と言いますが、その“日本文化”の中には、戦後につくられた価値観が多く混ざっています。空気を読め。波風を立てるな。出る杭は打たれる。
年上が絶対的に偉く、権力が年上に集中する
お金を払ってる方が偉い(雇用主が偉い、客は神様)自発的にそう思って尊重するのはいいことですがそれを押し付けられる社会は生きづらくなってしまいます
世の中が目まぐるしいスピードで変わっているのにも関わらず我慢は美徳という価値観を押し付けられる世界
それは本当に、何百年も続く伝統でしょうか。
もし多様な価値観が入ってくることで、意味のない同調圧力や古い悪しき慣習が見直されるなら、それは悪いことではないはずです。
壊されるべきなのは、日本の美しさではなく、誰も幸せにしない固定観念なのかもしれません。
本当に問うべきこと
結局のところ、問題は国籍ではありません。
その場所を大切に思っている人の気持ちに、想像力を持てるかどうか。
それだけです。
天空の茶屋敷でも同じです。
外国人だから歓迎するわけでも、日本人だから安心するわけでもありません。
自然を尊重できるか。地域を消費の対象としてではなく、関わる場所として見られるか。
それがすべてです。
「日本文化を尊重できない外国人お断り」と言うよりも、こう言った方が正直かもしれません。
他人の生き方や、大切にしているものを尊重できない人はお断り。
国籍は関係ない。立場も関係ない。
旅人であっても、当事者であってほしい。
僕自身2000日以上海外を放浪してきました。通り過ぎる側だった時間が長いからこそ、今は「通り過ぎない関わり方」を大事にしたいと思っています。
文化を守るとは、排除することではなく、関係をつくることなのかもしれません。




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