自給自足やDIY、自分の暮らしを自分で完結させることを諦めた話
- Jiro Sakamoto

- 3月28日
- 読了時間: 7分

今回の中東情勢のような出来事があると、SNS上では「これからは石油に頼らない暮らしを自分たちで作っていかないといけない」といった声を見かけることがあります。
その感覚自体は、自然だとも思いますし、僕自身もその方向で真剣に考えていたことがあります。
ただ、実際にそれを試みてみた立場からすると、その考え方は思考を狭めるというか、危ないというか、あまりにも無謀な話だと感じています。
僕は一時期、いわゆる「資本主義から距離を置いた暮らし」を試みたことがあります。
アンチ資本主義とまではいかないけれど、マークボイルさん、ホセ・ムヒカさん語るような、「お金や消費に縛られない生き方」に少なからず影響を受けていました。
車を使わない。スーパーマーケットにも行かない。できるだけ徒歩圏内で、自分の手で食べ物を得る。そんな暮らしを、本気でやろうとした時期があります。
そういうムーブメントが日本でもネット上で目立ちだしたころと同時期ですね
僕も『田舎移住してお金に頼らない豊かさを!!!』という想いを胸に少しずつ生活を作っていこうと思ってました
車は乗らない
ケータイも持たない
電気ガスは本当に必要最小限
食材は買うけど将来的には買わなくて済むことを目指したい
捨てられてるものの有効活用
僕の八女への移住はそんなところから始まりました
やってみて分かった「無理ゲー感」
結論から言うと、それはあまりにも難易度が高すぎます。
狩猟、自給自足、これを徒歩圏内で成立させないといけません
今回の言説の石油に頼らない生き方であれば自分が車や電気やガスを使わないのは可能だと思うけど
肥料を運んでくるのも石油だし
食材などの流通も石油です
日本人は石油を食べているのです
仮にそんな石油から脱却し、狩猟と自給自足を自分で完結できるようになったとしても、そんなスキルを持った人は現代社会にほとんどいないので、孤高の暮らしを余儀なくされます
しかも仮にそのスキルを持ったとしても
・安定して食べ物を確保する難しさ
・季節や天候に左右される不安定さ
・非効率さ労力に対して得られるものの少なさ
こういう現実に直面します。
食材調達は安定しないだろうから時として飢餓との戦いにもなりえるし、お米だって機械を使わないのであればものすごい数の労働力が必要です。
「徒歩圏内で完結する生活」というのは、現代日本ではほぼ成立しない。少なくとも、無理なく続けられる形ではないと感じました。
だから僕は「コミュニティで生きる」方向に考えをシフトした
そこから僕の考えは変わりました。
簡単なことは自分でやる。でも、それ以上は得意な人に任せる
素人のDIYで事故を起こすくらいなら、その道のプロに任せた方がいい。
趣味レベルで鶏や野菜を育てるとか本当にその程度
DIYなどにはこだわらずに、自分でできることは外の人に八女の良さを案内して外貨を稼ぐことなのでそれをもって地域の大工さんに還元する
お金を払ってサービスを受けることは、ただの消費ではなく、社会の中で役割を分担する行為でもある。
だから僕は、経済を回しながら生きる方が合理的だと思うようになりました。
餅は餅屋理論です
それぞれの得意分野で役割を持つ方が、社会としては圧倒的に効率がいい。
世の中にはDIYや完全自給自足の暮らしを目指す人もいますが、僕はそこは目指さない
(いろいろやってみた上で自分のポンコツさを痛感した言い訳かもしれませんw)
それでも「自立した生活」は理論上は可能かもしれない
もちろん、社会的に贅沢とされるものをすべて手放せば、石油やお金への依存をかなり減らした生活は可能だと思います。
車を使わない。
電気の使用もしない
食べ物もほぼ自分で作る
やろうと思えば、できなくはない。
コロナ初期はそれを本気で考えてました
天空の茶屋敷は敷地内に湧き水もあるし天然の冷蔵庫もあります
鶏も当時は飼ってたし、火のおこし方だって何とか知ってるし、周りには木材資源が豊富
あと自分にやったことないのは米を作ること、狩猟
これらさえ学べばなんとかなるかもしれません、、、
なので理論上は可能です、当然それはかなりストイックで、現代の快適さとは引き換えになる生活です。
その生活が「最強」になるのはいつか
さらに言えば、こういう生き方が最強になるときは、世界がパニックになった時です。
例えば、有事で物流が長期で止まり、お金の価値が紙切れになってる状態
そんな時には、自分の手で食べ物を確保できる人は確かに強いし長く生き延びれます
さらに、自分だけでなく、身近な人たちを助けることもできるかもしれません。
でも、その先にある現実
ただ、その状況になった時、避けて通れない問題があります。
「誰を助けて、誰を助けないのか」
これはかなり重い選択です。
さらに、仮に自分の村として小さな共同体を作れたとしても、経済が崩壊して治安最悪な前提だから今度はそれを守る必要が出てきます。
・作物を守る
・持ってる資源を守る
外部からのリスクに対応する。僕は元自衛官で他人よりちょっと腕力はあるので多少の防衛力はあるしれませんが当然数人で来られたらとてもじゃないがかないません
結局、「持っている人」は守りの問題から逃げられません。
籠城よりも、役割を持つ
だから僕は思うんです。
ガチガチの自給自足で籠城するよりも、コミュニティの中で役割を持って生きる方が現実的だと。
・自分にできることを持つ
・必要な時に助け合える関係程度に人とつながっておくこと
さらに言えば、必要に応じて政治にアクセスできる状態にしておく。
これが、長期的に見て最強な生き方じゃないかと思ってるところです
最後に
僕は、こういう暮らしは正直カッコいいと思います
行き過ぎた資本主義に対する一つの警鐘としての思想。
体験として、観光として、社会にとっても気づきを与えてくれる、そういった暮らしをやっていく価値はあると思う。
ただ
それを「生活」として本気でやるのは、かなりしんどい。というより現実的に考えたら地獄に近い。
だからこそ、
全部を捨てるのではなく、全部に依存するのでもなく、
自分でできることと、社会に任せることのバランスを取りながら、その中で役割を持って生きていく。
僕は今、そのあたりに現実的な答えがあるんじゃないかと思っています。
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👣 福岡県八女市の山奥にて、宿・お茶・言葉のある暮らしを続けています。
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