ベトナム・カントー訪問記|つまらなかった…でも一番考えさせられた旅だった
- Jiro Sakamoto

- 7月6日
- 読了時間: 10分
更新日:3 日前
半年ぶりに妻と息子に会いにフィリピンへ向かう前に、少しだけベトナムへ立ち寄ることにしました。
実はこのフライト、最近決めた日程ではありません。12月の議会定例会の日程が何度も前後したため、キャンセルを余儀なくされました。
なので、どうせフィリピンにはいく理由があるので追加料金を支払い「この時期ならさすがに大丈夫だろう」と思える日程へ変更しておいた航空券です。その結果、フィリピンへ向かう前に数日ベトナムで過ごすことになりました。

(飛行機の関係で一瞬だけハノイに立ち寄りホーチミンへ、有名な電車スレスレにあるカフェです。最初見た時は建物スレスレを電車が走る東南アジアあるあるの面白い風景なので、そこにカフェができて、いつの間にかそこにカフェが乱立し、観光客もうじゃうじゃといる状態になってました。日本では撮り鉄が外国人に理解できないオタク文化だとネタにされることがありますが、ここにいる人たちも本質は同じかもしれません。インスタで映える写真が撮りたい、国が違っても人間の行動は結局同じゃないかな)
そしてホーチミンでは数日滞在する必要がありましたが、大都市で過ごしたい気分ではありませんでした。そこで選んだのが比較的に近いカントーです。
カントーはベトナム南部、メコンデルタ最大の都市です。人口は100万人を超えるものの、ホーチミンほどの喧騒はなく、川と運河が張り巡らされた穏やかな街です。昔からメコンデルタの物流や農業の中心地として栄え、「水上マーケット」で知られる町でもあります。
調べた情報からは、風情の残る街だろうという印象を感じます

(世界中に点在する日本風のブランドです
有名なものでは“Super Dry極度乾燥しなさい”などがありますがここベトナムにもそう言うものがありました。TOKYO LIFEはベトナムのブランドです)
ただ、来る前から「カントーはもう伝統的でも何でもないよ」という声も聞いていました。
それでも、ホーチミンよりは落ち着いているだろうし、実際に来てみないと分からないこともあると思い、訪れてみました。
実際に来てみると、確かにホーチミンよりは数日滞在するには良かったけれど。しかし、言われていたことがよく分かりました。
メコンデルタが特別な理由
メコンデルタは日本とはまったく地形が違います。
日本は山が多く、川は短く急流ですが、メコンデルタは広大で平坦な土地に無数の川と運河が広がっています。
そのため、道路が整備される前は、川そのものが道路でした。
人も荷物も船で移動し、野菜や果物などの農産物も船で運ばれていました。大量の荷物を運ぶなら、人が背負うよりも、荷車よりも、船の方が圧倒的に効率が良かったのです。
だからこそ、水上マーケットが発達しました。
船そのものが市場であり、船同士が売買をする。それがメコンデルタならではの文化だったという事だそうです

実際に行ってみた…
早朝、カイラン水上マーケットへ向かいました。
だがしかし、正直に言うと、まったく面白くありませんでした。
観光ボートが観光客を乗せ、水上マーケットを見学し、レストランとお土産屋さんへ立ち寄って帰る。それだけという印象でした。
もちろん、水上のレストランやマーケットはありました。しかし、それは船が何百隻も集まる市場ではなく、屋根のある大きな建物でした。
こういった類の場所はガイドブックやSNSでは「活気あふれる水上マーケット」と紹介されることが多いですが、僕が感じたのは、昔の生活をそのまま見られる場所ではなくなっているという現実でした。
それでも、ボートに乗りながら必死で想像力を膨らませました。
「この川が道路だった時代は、どんな景色だったのだろうか、、、、、、、」
なぜ変わってしまったのか
実際、メコンデルタだけでなくベトナムは近年、凄まじいスピードで発展しています。
道路が整備され、橋が増え、トラックやバイクの方が速く、安定して荷物を運べるようになる。という変化が起きています。
その結果、昔のように船が何百隻も集まる必要がなくなりました。
卸売市場は建物や岸辺へ集約され、船は必要な場所だけ使われるようになっています。
つまり、
昔は「船そのものが市場」だったものが、今は「市場は陸上や岸辺が中心で、船も一部利用される」形へ変わったということです。
昔、タイやミャンマーで水上マーケットを見たことがありますが、海外旅行を何度もしている人ほど、「本物の生活文化」を期待してしまうため、物足りなさを感じやすいのかもしれません。
もちろん、現在のカイラン水上マーケットにも価値はあるだろうけど
しかし、「昔ながらの水上市場」を期待すると肩透かしを食らう人もいるでしょう。
ベトナムですら、こう変わる
初めて2016に57か国目のベトナムを訪問したとき、ほかの国にはない昔ながらの暮らしに感動した記憶があるのですが、今回感じたのは、昔ながらの風情は確実に消えつつあるということです。
ベトナムですらここまで変わっているなら、なおさらだろう。
もちろん、北部ベトナム、ラオスやミャンマー、キューバなどには、今も昔ながらの生活が比較的残っている地域があると思います。
しかし、それも時間の問題なのかもしれません
モータリゼーション、外資、観光客がどんどん押し寄せてくると元々の暮らしは維持できないでしょう
ちなみにここいら一体はクメール人の文化が強いようで郊外をバイクで走りましたが、2010年に僕が初めてカンボジアを訪れたときに感じた『物質的豊かさばっかり追求した僕らが忘れてしまったものを持っているように見え』
人生観をひっくり返されて涙していたのを今でもはっきりと覚えてますが
そういった美しさもいずれ消えつつある文化かもしれないと感じました

(クメール寺院にいくつか立ち寄りました、お寺が学校になってるようです、少し子供達と触れ合ったけれど、やはり子供達はかわいい)

昔ながらの風情は何故消えていくのか
昔ながらの風情はきっと消えていく運命にあるのでしょう。
理由はシンプル。人は便利な方を選ぶからです。
生活する人にとっては、昔ながらのやり方を守ること自体が目的ではありません。より安全で、より効率的で、より収入を得られる方法を選ぶのは、ごく自然なことです。
つまり、「昔ながらの風情」が失われるのは、その文化が劣っていたからではありません。その文化を支えていた経済的な必要性がなくなったからです。
当然橋を作れば渡し船は必要なくなりますし
陸路が発達すればするほど水上マーケットの必要性は縮小します
日本も同じでした。火を使うのが主流だったかつては山が生活を支える資源の中心でしたが、時代とともにエネルギーや物流の主役は海を通じて運ばれる石油へと移り変わりました。社会の仕組みが変われば、人々の暮らしも変わります。
昔の里山では、
茅葺き屋根
炭焼き
棚田
山仕事
共同作業
これらは観光資源ではなく生活そのものでした。
しかし生活様式が変わると、
一部は観光用に保存される
一部は博物館化する
多くは静かに消えていく
残っている有名なのが白川郷であり、一方で、観光地にもならず、人知れず消えていった集落は全国に数え切れないほどあります。
里屋に暮らす現実を見ているものとして、五右衛門風呂に入ってる人、手摘みと手もみでお茶を作っている人なんてそもそもそれの差別化を売りに商売にする人だったり、趣味の域を残念ながら越えられない、いずれにしても少数派です(あ、僕がその一人です)
つまりそういう趣旨をもって、祭りや伝統工芸、歴史的景観などは文化財として残すことができるかもしれません。しかし、今回メコンデルタで感じたような「生活そのもの」を残すことは、難しいのです。
今回の旅で得た気づきは、「昔は良かった」という懐古ではなく本物の生活文化は、なくなって初めてその価値に気づかれることが多い。
そんな現実でした。
天空の茶屋敷に置き換えて考える
もし10年前に来ていたら、
地元の商売船はもっと多かったかもしれない
観光ボートの比率は低かっただろう
市場としての実用性がもっと残っていたかもしれない
「生活をのぞいている」という感覚を味わえたかもしれない
そう思います。
しかし今は、スマートフォン、道路、橋、物流、観光化によって、生活文化がものすごい速度で置き換わっています。
これはメコンデルタだけではなく世界中もそう、そして僕の住む日本の里山も同じです。
失われつつある本物の暮らしは、観光資源になりえる。
しかし、観光資源になった時点で、それはすでに本物の生活ではなくなっています。
この残酷さを実感すると同時に、天空の茶屋敷についても改めて考えさせられました。
自分の地域で何を残したいのか?
隣のおじいちゃんたちがまだ元気に暮らしている今、この「ゴールデンタイム」に訪問者へ何を提供できるのか?
答えのない問いだけど考え続ける事だけはやめないようにしたいと思います
最後に
今の天空の茶屋敷が売っているのは、ただ単に古民家滞在ではありません。
2026年という、この時代、この屋敷集落で今も続いている「ちょっと形を変えた里山の生きた暮らし」です。
消えゆく運命だった一軒の古民家を、「何とか残したい」と願う地域の人たちと、外からふらっとやって来た一人の旅人である坂本が出会い、少しずつ形にしてきた作品です。
そして、何もないところから10年間挑戦を重ね、この場所で家族を養えるまでになった物語でもあります。
その過程で生まれた、地域の人と世界中から訪れる旅人との交流。その何気ない日常こそが、この場所でしか体験できない価値なのだと思います。
建物は修復できるかもしれません。しかし、その時代を生きる人、その暮らし、その空気は、一度失われれば二度と戻りません。
当然、今の天空の茶屋敷の価値だっていつまでも続くものではありません
だからこそ「天空の茶屋敷の今」という時間を訪れた人に体験してもらいたいと思っています。
今回のベトナム滞在は、そのことを改めて教えてくれた旅でした。
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👣 福岡県八女市の山奥にて、宿・お茶・言葉のある暮らしを続けています。
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八女の山奥の集落の一番上にある茶畑に囲まれた古民家。目の前に絶景が広がり、家の裏には壮大な棚田が広がる。もともとは長年空き家だったその場所に旅人が移住し、地域とともに再生させました。今ではホームステイ型家族経営ゲストハウスとして稼働しています。メディア露出も多数
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筆者が宿業をやる傍らでお茶の生産もしています。限界集落に移住してきたものが耕作放棄地を譲り受け、地域の人に学び、農薬などは使わない方法で、訪れてくる人とともに汗をかきながら生産しています。そんな物語のある山奥の自然豊かな所で育った八女茶です。
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『海外放浪 × 田舎移住』の物語。社会不適合者だった自分が、20代でドロップアウトしながらも、紆余曲折の末に“天職”と感じられる今の暮らしにたどり着き、家庭も持つようになった——そんな流れをつづっています。 福岡の出版社より出版いただきました。
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筆者紹介:坂本治郎(ジロー)
福岡県八女市の山奥で「天空の茶屋敷」を営むゲストハウスオーナー/八女市議会議員。2000日以上の海外放浪を経て田舎に移住し、生きづらさを感じやすい日本社会の中でも、笑って暮らせる居場所を自分の手でつくりました。現在は国際結婚で一児の父。人と人が素でつながれる社会を目指して、日々議会の中でも奮闘しています。




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