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福岡県議会の問題から見える、古い政治文化。「昔は普通だった」で終わらせていいのか

今回の福岡県議会の問題についてどう考えるか。(その2)


こんにちは、八女市議会議員の坂本治郎です。


先日、とある引退した元議員の方と、意見交換をする機会がありました。

『八女を良くしたい』という漠然とした想いだけで、元々政治の知識ゼロで全くその文化も知らずに議員になってしまった僕には、こういったことが起こる背景に関して全く理解が出来なかったので、大変勉強になりましたので、共有したいと思います。


その方の話では、昔の地方選挙では、今よりも飲食を伴う付き合いが重視され、「飲ませ食わせ」に多額のお金がかかることも珍しくなかったそうです。


(なお、ここでいう「飲ませ食わせ」が、すべて違法な選挙買収だったという意味ではありません。選挙、後援会活動、日常的な政治活動や地域での付き合いが混在した、当時の政治文化についての元議員の説明です。)

そのため、選挙にもものすごくお金がかかり、議員になったからといって、金銭的に得をするようなものではなかった。議員報酬を受け取っても、選挙や人付き合い、地域への対応で、それ以上にお金が出ていくこともあったといいます。


(ちなみに僕の選挙は自己資金6万円でしたが、、)


では、それでもなぜ議員になりたかったのでしょうか。

ここに関しては世界を自由に行き来し、自分の意志であとから八女にやってきたような僕には理解できない側面ですが、やはり、地域社会がすべてだったんだと思います。


お金ではなく、地域での名誉や影響力、人から頼られること、そして自分の力で地域の要望を実現することに価値があったのだと思います。


政治では、前記事のように期数が長くなるほど経験と人脈が増え、発言力も強くなる。

さらに、酒を飲み、食事を共にしながら仲間を増やし、気前がよく、面倒見のよい「兄貴分」として信頼を得る。


仲間から頼まれたことを実現すれば、相手はさらに恩を感じる。その恩が新たな支持や協力につながり、人間関係がより強固になっていく。

そうして長い年月をかけて、多くの議員から頼られ、誰も簡単には逆らえないほど大きな存在になれば、多少無理なことでも押し通せるようになる。

(ただし、こうした人間関係が公的なルールより優先されるようになると、不透明な人事や金銭問題、場合によっては汚職の温床にもなり得るのでしょう。)


元議員の方は、今回のような問題が起きても、長年世話になり、人間関係を築いてきた渦中の人達を、周囲の議員が簡単に吊し上げることはできないだろう『俺だったらあの先生をつるし上げるようなことは絶対できない』と話していました。


ここらへん、市民感覚からすれば理解できないと思いますが、内部にいる人からすれば、単純な法律や社会のルールの善悪だけでは割り切れないのでしょう。

日本社会では時として、法律や公的なルールよりも、仲間内の空気や義理人情が強い判断基準になることがあります。


僕が昔いた自衛隊でも、法律や集団内の昔からの慣習が優先されることはよくありました

自分もそういう組織にいて『なんで?』『違反じゃない?』と思ってたし、そういう暗黙の人間関係を読むのは得意ではなかったです



古い政治文化からみた「男なら黙って去るべき」という感覚


そうした昔からの政治文化の感覚からすると、今回告発した吉松県議に対しても、

「自分もその仕組みの中で世話になってきたのではないか」

「自分もポストや人間関係の恩恵を受けたのではないか」

「それなのに、自分が不利になってから内部のことを表に出すのは、男として格好悪い」「法律はそうかもしれないが、男なら黙って去るべきだ」

という見方もあるようです。


長く付き合い、助けてもらった相手を、後になって告発する。私的な人間関係だけで考えれば、「恩を仇で返した」と感じる人もいるのでしょう。


一方で、今回の告発については、純粋な正義感だけではなく、福岡県政をめぐる別の権力争いが背景にあり、吉松県議の告発も別勢力によって後押しされたのではないか、という見方の記事もあります。福岡三国志と言われてるようです




誰が誰を失脚させたいのか。誰がどの勢力に属しているのか。今回の告発で誰が得をするのか。政治に詳しい人たちは、ベテランの方々はそうした背景を分析します。

しかし、正直に言えば、一般の県民からすれば、そんな内輪の権力争いはどうでもいい話です。


大事なのは、何が事実であり、それが法令や公的ルールで許されるものだったのか

議長や副議長のポストをめぐって、本当に金銭の要求や受け渡しがあったのか。誰が、誰に、何の名目で渡したのか。それが長年続いてきた慣例だったのか。

そこを明らかにし、悪習があったのであれば断ち切ることが必要です。



こんな政治を見て、若い人が政治家になりたいと思うだろうか


今回の問題を見ながら、もう一つ強く感じることがあります。

こんな市民に説明できないようなことを繰り返していたら、若い人の誰が政治家になりたいと思うのでしょうか。


政策を考えるより、誰の系列に入るか。市民に説明するより、先輩議員への義理を優先する。おかしいことを正すより、内輪の秩序を守る。


そんな世界が見えてしまえば、まともな感覚を持つ人ほど、政治から離れていきます。

実際僕の周りはかなりの人が言ってます『議員には絶対になりたくない』と


そして、この古い政治文化には、もう一つ大きな問題があります。


それは

新人議員が力を発揮できないことです


新人議員にも、県民は多額の税金を負担しています。

例えば、我々八女市議会議員であれば年収600万、政務活動費が年間36万

福岡県議であれば報酬だけでも年間1500万、政務活動費も会派に月50万と言われてます



それなのに、

「一期目は黙っていろ」「まず先輩に従え」「人間関係を壊すようなことを言うな」

という空気感を作ってしまい、新人議員の意見や能力が潰されているのであれば、それも税金の無駄遣いです。

(八女がそうとか県がそうと言ってるわけではないですよ、これは一般論です)


議員報酬は、先輩議員に従うために支払われているのではありません。

それぞれの議員が、有権者の声を議会に届け、行政を監視し、自分の判断で一票を投じるために支払われているはずです。

新人であっても、ベテランであっても、議員としての一票の重さは同じはずです。


先輩議員から見れば、僕たちの方がおかしいのかもしれない


長年政治に携わってきた先輩議員から見れば、僕たちのような新人や、市民感覚をそのまま持ち込む議員の方が、おかしく見えるのかもしれません。

「そんな単純な話ではない」

「人間関係を壊したら、何も実現できない」

「正論だけでは政治は動かない」

「昔からの経緯を知らずに、勝手なことを言うな」

そう思われるかもしれません


当然、政治は一人ではできません。

なのでおかしいことはおかしいと言葉にあげることが大切なのはごもっともであると同時に

長年の文化を尊重できないと信頼してもらえない、信頼関係には、交渉も、妥協も必要です。人間関係をすべて無視して、正論だけを叫んでも、現実は動かない。


しかし、だからといって、公的なルールより内輪の恩義を優先してよいわけではありません。県民に説明できない慣例まで理解し、従うことが「政治を分かること」なのであれば、僕はその意味では、分からないままでいいと思います。


新人からすれば、

そんな昔の事情は知ったこっちゃない。法に触れる行為があったのであればアウトでしょう。おかしいものはおかしい。

というのが率直な感覚です。



おかしいと言うだけでは、文化は変わらない


ただ、ここには厳しい現実もあります。


今、日本全国で、古い政治文化に疑問を持ち、「おかしいことはおかしい」と声を上げる新人議員が地方に増えています。

例えば僕と一緒に週刊SPAに取り上げられていた、宮代しょうたさんなどをよくフォローしてますが。


ガンガン声をあげて戦ってる、そうした人たちを、僕は本当に尊敬します。

しかし、正直に言えば、一人の新人議員が声を上げただけで、長年続いてきた文化そのものを変えるのは非常に難しい。


発信によって問題をSNS上で可視化することはできても、会派や人事、選挙、地域の人間関係まで含めた仕組みを根本から変えられているかというと、まだ厳しいのが現実だと思います。


だからこそ、今回の問題を、単なる一時的な炎上で終わらせてはいけません。

一人の政治家を悪者にして吊し上げ、辞職させて終わるだけでは、同じ文化が別の形で残ります。


必要なのは、

  • 金銭授受の事実を明らかにすること

  • 誰か一人だけではなく、仕組み全体を調べること

  • 人事や会派運営を透明にすること

  • 新人でも自由に意見を言える議会にすること

  • 飲ませ食わせや内輪の恩義が政治を左右しない仕組みに変えること

です。


昔の政治には、人情や面倒見のよさ、人と人との強いつながりがあったのでしょう。

その良さまで否定するつもりはありません。


しかし、飲めるかどうか、気前よく払えるかどうか、誰にかわいがられているかによって、選挙や議会内の発言力、ポストが決まる政治は、未来の子供たちのために終わりにすべきだとおもいます


そのような状況では、若い人や女性をはじめ、夜の付き合いや多額の出費を前提とできない人が政治参加しにくくなります。その結果、議会は社会の変化からさらに取り残されていきます。


まとめ

古い政治文化を擁護したいわけではありません。しかし、それがなぜ長く続き、なぜ内部の人が簡単に声を上げられないのかを理解しなければ、文化そのものは変えられないと思います。理解することと、従うことは別です。理解したうえで、残すべきものと終わらせるべきものを県民と一緒に考えることも、議員の仕事だと思います。


今回の問題が、一時的な権力争いとして消費されるのではなく、地方政治の古い文化そのものを変えるきっかけになることを、心の底から期待しています。

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