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西尾の抹茶とサムライロードの視察

更新日:4 日前

1月12日から15日まで、政務活動としての個人視察に行ってきました。行き先は、愛知県西尾市の抹茶岐阜と長野の県境である中山峠です。




西尾市は古い茶どころではないので、九州人にとって知らない人も多いとは思うけど

実は日本一の抹茶の生産地は西尾市なのです、抹茶ブームにおいて最も勢いを伸ばしたのもおそらくここでしょう。

西尾の抹茶がなぜここまで広がっているのか。それは、抹茶そのものの品質だけではなく、

飲み物としてだけでなく、食や土産、体験へとどう広がっているのか。抹茶という分かりやすい入口が、どこへ流れていくのか。その導線や仕組みを、実際に歩きながら確かめてみたいと思いました。


また、もともとは日本の誇るべき文化、世界中では今ではファッション的に語られがちな抹茶が、現場ではどのように「産業」として回っているのか。そのリアルな距離感も、資料ではなく現地で感じてみたいところです。



そして中山峠は、いわゆる観光地というよりも、もともとは「通過点」であるはずだった場所です。しかしながらその場所が今注目されている。そこには山間部観光のヒントがあるように思います。なぜ観光客はここへ来るのか。何があって、何がないからこそ成り立っているのか。短時間の滞在でも満足できる要素が、どう作られているのか。

派手な演出ではなく、立ち寄りやすさや分かりやすさといった、地味な部分がどう機能しているのかを、自分の目で確かめてみたいと思いました。


今回の視察については、最初に一つだけ正直にお伝えしておきたいことがあります。行程の中には特に中山峠に関しては観光的な要素がかなり含まれています。この点については、実際に『公金で観光に行きやがって』と批判の材料にされがちですが、そこに関しては堂々としていたいと思います。

(もちろん拡声器のように言って回るようなことはしないけれど、もちろん問われたときにはしっかりと説明ができるようにするつもりです)


過去には、自民党女性議員がパリのエッフェル塔を含む視察が大きな批判を受けたこともありました。「観光なのではないか」「税金で旅行をしているのではないか」そうした声が上がること自体は、理解できます。


ただ一方で、観光という分野は、机上の説明や資料だけでは決して分からない側面を多く含んでいます。実際に泊まり、歩き、食べ、迷い、違和感を覚える。その“体験そのもの”からしか見えてこない視点があります。僕は議員は机上で勉強するだけではなく、むしろそういう地に足の着いた視察をすることも同じくらい大切だと思います。


例えば今年度の大阪万博です。お偉いさんの目線、数字や報告書の上では「成功」とされている出来事でも、僕は実際に(プライベートで)実際に現地に足を運び、観光客としてその場に行ってみたけれど「これは本当に多くの人に届いているのか?」「来場者2500万人というけれど、2500万人を喜ばせたというよりもそのうちの2000万人はただ消耗しただけじゃないのか?」と首をかしげたくなる場面がいくつもありました。


そうした違和感は、会議室や机の上では生まれません。現場で、しかも泥臭い観光客目線に立って初めて見えてくるものです。今回の視察も同じです。観光として体験しなければ見えない視点がある。だからこそ、あえてその中に身を置きました。

(というかですが会議室の机上の視察だったら今やオンラインやペーパーレスでできる時代なので、視察ってもはや観光というかその土地の景観や空気を感じる文脈がセットでなければ意味がないのでは??とすら思ってます)


なにをいっても、最終的には理解できない人もいることも理解できます。

だけど僕はそこに関しては堂々としていたいですし、結局はただの旅行なのか視察なのかの評価はそこから何を学び何を要望や発言をしたのか、なにを実現させたのかでしか判断できないと思います。八女が観光周りで発展するためには何が必要なのか、何が行政のよけいなお世話なのか、どういう声を国や県にあげるべきなのか、そこに関しては是非、僕の議場での過去の発言を観ていただけたら、、、、そういう所をどうか見て欲しいものです。その上で厳しい批判も受け止める覚悟です。


今回は、公式の報告書に書き上げた内容と酷似したものになりますが、ここではブログ用にまとめたものをあげたいと思います。



視察1 西尾市の抹茶


西尾市は、愛知県の三河地方に位置する市で、面積は約161平方キロメートル、人口はおよそ17万人。人口密度は1034人/㎢(119人/㎢の八女の約9倍です)

名古屋市からも約1時間、工業と農業のバランスが取れた地方都市です。

派手な観光地という印象は強くありませんが、その分、産業としての強みがはっきりしています。

戦国時代の中心地出会った愛知県にはたくさんのお城などの名残がありますが西尾に関しても、江戸時代に西尾藩の城下町として栄えた地域です。現在も、城下町由来の町割りや落ち着いた街並みが残っています。


西尾のお茶について

実を言うと僕も去年くらいに初めて知ったというくらい、個人的にそこまで有名ではなかったけれど、西尾と言えば抹茶と言われています。正確には、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)の生産地として知られ、全国有数、単一産地としては日本最大級とも言われています。

これは、去年(西尾ではおととしからと言われてますので、僕の感覚としては八女より早かったような気がします)より始まった世界中での異常な抹茶ブームによってものすごく恩恵を受けたかのようにテレビで取り上げられていて僕も初めて知ることになったのです。


テレビで見た印象はあたかもブームに乗って取り組んだ印象でしたが、抹茶は「飲むお茶」というより、食品・菓子・加工・輸出まで含めた産業素材。西尾では早くからこの点に着目し、生産・加工・流通までを地域で支える体制を築いてきました。

とある大企業に聞いてみましたが、実際に昨年の年間総売り上げ額が例年の1.5~2倍にまで跳ね上がったという事です、当然お茶の値段もそれに合わせて1,5倍くらいになったと言います。


八女は日本のお茶の総生産量の2%くらいを生産しています(ちなみに静岡県と鹿児島で70~80%ですので八女を有する福岡県は日本でも6番目くらいです)

西尾は八女ほど大きくありませんが抹茶の生産量は最大規模であり日本の抹茶の30%を占めます。


今回の視察では、以下の2か所を中心に見てきました。

この二つは西尾でも1番目2番目に大きいお茶屋さんであり、西尾のお茶の産地の規模は大きくないため相互に近くに位置するものの、駅からは距離があり、実際にはツアーだったりレンタカーでおとずれるのが一般的です


①西条園 抹茶ミュージアム 和く和くは、抹茶の製造工程や歴史、文化を、体験を通して学べる施設です。

単なる展示施設ではなく、「抹茶をどう伝えるか」「どう体験に落とし込むか」という点で、非常に整理されたつくりになっていました。

入場料を頂いて工場見学、及び石臼を引いたり、抹茶を試飲したりお土産を購入したり出来ます。コース料金は人数だったり何をリクエストするかに寄ります

予約待ちが基本で予約しないと入れないほどに人気のツアーだそうです


②葵製茶は、西条園に次ぐ西尾で二番目に大きな製茶会社です。同様に碾茶の生産から抹茶の加工までも手がけています。

こちらでは楽天トラベルだったり旅行会社を通して抹茶体験を販売していました。

実際の内容としては、茶園と工場を見学し抹茶を2服ほど試飲体験しました

直接の予約であれば1000円程度だと思うのですが

インバウンド向けの楽天トラベルでは6000円。ここに関してはいろいろ思う所はあるけれど、それでも沢山のお客さんが訪れるという事は、お察しの通りです。



西尾市を歩いてまず感じたこと

まずは八女との地形の違いでした。八女のように山間部が広がるのではなく、西尾は川の恵みを受けた平野での茶づくりが中心です。そのため、抹茶園がごく自然に民家のすぐ隣にあり、生活の延長線上に茶畑がある風景が広がっています。八女のようにだだっ広いお茶畑ではなので景観がいいかといわれると正直微妙ですが、その抹茶生産の規模には圧巻のものがありました。


街の中には、抹茶にちなんだ緑色のポストがあったり、小学生が描いた「町のマップ」ならぬ「町の抹ップ」が要所に掲示されていたりします。こうした細かな演出からも、抹茶に対する誇りや愛着が、行政や事業者だけでなく、街全体に共有されていることが伝わってきました。

しかしながら、市民みんなが抹茶抹茶言ってるわけではない、ここは八女も同じですね。海外では異常なほど抹茶ブームだそうですが、それが日本では起こらない不思議

そして高齢化による担い手不足の問題は、西尾でも避けられていません。抹茶づくりは、八女で言えば玉露に近い栽培方法で、被覆など手間がかかります。地形的にも、大規模な機械化が簡単に進むわけではなく、ここはどの産地とも共通する課題だと感じました。

西尾では、二代前の市長が「西尾は抹茶で売っていこう」と明確に打ち出し、プロモーションに力を入れてきた経緯があります。その積み重ねが、今の「抹茶の街」というイメージにつながっていることも印象的でした。


抹茶ブームについての現場の声も、非常に示唆的でした。ブームで最も困っているのは、実はお茶の先生や現場のお茶屋さんで、最も利益を得たのは、動きの早い海外の商人だという話も聞きました。お茶は信頼の積み重ねで成り立つ商いです。急な値上げはできませんし、在庫を切らすことも許されない。そのため、ブームに踊らされず、保守的かつ計画的に生産を続ける必要があるという姿勢が強く感じられました。


抹茶ブームに相乗効果でお茶ツーリズム面や抹茶の先生もいきなり問い合わせが増えたそうです。


そして、商業面での現実問題として全く抹茶の事をわかってない外国人達が取引をしている現実があります、例えば碾茶でもないお茶をミキサーで挽いただけの緑色のお茶を抹茶として売っていたりもされています。また、抹茶ブームが今後どう落ち着いていくのかは、正直読めない部分も多いそうです。不当に高い価格で転売する動きも問題になっており、産地としての信頼をどう守るかが、今後の大きな課題になっています。


行政の関わり方も興味深いものでした。西尾市として、抹茶に特化した大きな直接支援をしているわけではありませんが、行政主導で和三盆を一定量お茶屋さんに配り、市内で抹茶を振る舞う取り組みを行ったことがあるそうです。一方で、お茶屋さん側からは「正直、大変だった」という声もあり、産業と行政の距離感についても考えさせられる点が多くありました。


総評として正直な感想としては、抹茶という分野では西尾には及ばないと感じました。

生産量、産業としての集積、抹茶に特化した戦い方。

一方で、お茶を「観光」として捉えたとき、八女はまったく別の可能性を持っていると改めて感じました。山間部の風景、茶畑との距離感、人との近さ、そして体験の濃さ。この点では、八女市の方が、間違いなく上だと思います。

だからこそ八女は、安易な安売りをする必要はありません。円安に色気づいた外国人観光客に迎合するのではなく、「価値を理解してくれる人に、きちんと届く形で伝える」ことに力を注ぐべきだと感じています。

この点、安売りしないで欲しいと今後も議会で発言していきたいです。

同時に、八女市民に対するお茶の教育も、もっと大切にされていい。外に向けて売る前に、まず内側で誇れる文化として根付かせる。今回の西尾の事例を含め、さまざまな地域の取り組みを参考にしながら、八女なりのお茶との向き合い方を育てていってほしいと思います。

そうしたビジョンを胸に、また別のお茶どころを視察してみたい。今回の西尾は、そのための良い起点になりました。




視察2中山道・サムライロード(馬籠宿〜妻籠宿)



今回視察したのは、『中山道』、その中でも特に人気の高い、馬籠宿から妻籠宿までの区間、いわゆる「サムライロード」と呼ばれている約9kmの峠道です。

江戸時代、江戸と京都を結ぶ五街道の一つとして機能していた中山道は、大名行列や幕府の役人など、武士が公的に往来した道でもありました。その歴史的背景と、「実際に歩ける古道」であることが評価され、海外では Samurai Road としてイギリスのメディアに取り上げらてから人気の場所になったそうです。


ちなみに、、、12年前くらいの話ですが。ニュージーランドに住みながらあちこち旅した実体験から感じた「歩く旅人」の違い

Great Walksと呼ばれる国を代表する素晴らしいトレイル達を歩いていると、入口付近にはアジア人を含めた多くの観光客がいます。しかしながらそのほとんどは写真を撮り、景色を楽しみ、そこで満足して引き返す人たちです。

ところが、数時間歩いて奥へ進むと、周囲にいるのはほぼ白人だけになる。そんなところで野営地でテントを張って野宿するアジア人は僕一人、という状況も珍しくありませんでした。これは差別や排他性の話ではなく、旅に対する感覚の違いなのだと思います。多くのアジア人にとって旅は「名所を見ること」「結果を得ること」が中心です。一方で西洋人にとっては、「歩くことそのもの」「時間と距離を積み重ねる過程」が旅の価値になります。

奥へ行くほど、景色が劇的に変わるわけではありません。むしろ、単調で、疲れも溜まり、自己判断と自己責任が求められる世界になります。それでも歩き続ける。その行為自体を楽しめるかどうかが、大きな分かれ目なのだと思います。


中山道を歩いていて感じたことは、まさにこれと同じでした。入口には中国語をはじめ色んな言語が聞こえてきた、多国籍の観光客がいるけれど、峠を越える道に入ると、西洋人ばかりになる。「都会ではなく、自然や田舎に触れたい」「本物の追体験をしたい」そういう人たちが、静かに、淡々と歩いている。

歩く旅というのは、万人向けではありません。だからこそ、刺さる人には深く刺さる。中山道が“サムライロード”として評価されている理由も、ニュージーランドのトレイルと同じ文脈にあるのだと思います。


実際に歩いて感じたこと(利用実態とインフラ)

この区間は、年間およそ5万人が歩いていると言われています。僕が訪れた日は1月のオフシーズンでありもっとも人が少ない時期だったようですが、それでも体感的には50人以上はすれ違った印象です。歩いている人のほとんどは外国人、特に西洋人ばかり。カップル、家族連れ、一人旅と層は老若男女さまざまで、「都会ではなく、自然や田舎に触れたい」「本物の追体験をしたい」そういう人たちが集まっているのがよく分かりました。

(天空の茶屋敷の客層と非常に似てると思いました)


アクセス面も非常によく整っています。名古屋からも松本からも、電車とバスで無理なく到達できます。もともとツーリスト向けではない地元のバスが、馬籠宿と妻籠宿を結んでおり、どちらから歩き始めても、バスで戻ることが可能です。

さらに、サムライロードとして歩かれている山道と、バスが走る車道はほぼ平行しているため、途中で体調不良などがあれば簡単に離脱できる。ここまで徹底して“歩く旅人”に配慮されたインフラは、正直すごいと感じました。



一つ疑問だったのが、クマの対策はどうしてるんだろう??

これだけ有名な場所であり昨年のクマ報道の流れからすれば誰か犠牲者が出てもおかしくないとは思うけれど。それの答えが、道中ところどころに大きな鐘があり、それを通過の旅に叩いていくという工夫です

正直こんなのを見たのは初めてです。ものすごい良い配慮だと思いました


熊野古道より「カミノ・デ・サンティアゴ」に近い

歩いてみて強く感じたのは、この中山道の区間は 姉妹道とされる熊野古道よりも、むしろ Camino de Santiagoに近いということです。

信仰色が強い熊野古道に対して、中山道はもともと「生活と移動の道」。峠越えそのものが目的になり、歩く過程が旅の価値になっています。

登山ほどハードではないけれど、しっかり自然に身を置く感覚があり、自然と会話や交流が生まれやすい。この“ゆるさ”も、大きな魅力だと思いました。


妻籠宿という場所の特異性

妻籠宿は、日本で最初に重要伝統的建造物群保存地区(伝健)に選定された場所です。

全国に伝健地区は数多くありますが、妻籠も馬籠も山間部に位置し、電柱もなく、大規模開発の波を免れてきました。通りに並ぶのは、ほぼすべて古民家・日本家屋。

ここまで原風景が保たれている伝健地区は、正直、かなり珍しいと感じます。


観光地としての強さと、構造的な課題

一方で、地元産業の構造には課題も感じました。どうしても観光一辺倒になりやすく、

  • 宿泊

  • 土産物

  • 飲食

以外にお金が落ちにくい構造になっています。観光に直接関われない人が生きづらくなる側面もあります。また、地域が保守的であるがゆえに、外からの新規参入や移住者に対して防衛反応やアレルギーが出やすいという話も聞きました。結果として後継者不足が続いている。ただしその一方で、外資や大資本が入りづらく、乱開発を免れているという側面も確かにあります。しかしながら、そのまま衰退していってしまったらいつの日か外資から札束で叩き落される日が来るかもしれません。だからこそ必要なのは、短期的に稼ぐ人ではなく、地域社会に入り込み、信頼を積み重ねてその形を引きつぐことが出来る移住者なのではないかとも感じました。

もともとの形を完全に残すことは難しい。こればかりは資本主義になってしまったが故の宿命。それならせめて、景観だけはどう守るのかという発想にシフトすることが重要だと思います。


歩いたからこそ見えた、率直な感想

確かに、馬籠宿と妻籠宿は素晴らしい。ただ、正直に言えば、それ以外の道中は「圧倒的にすごい」とまでは感じませんでした。

風景は美しい。でもそのレベルの風景は八女にだってある。自画自賛かもしれませんが、僕の住む笠原の方が上だとすら思いました。

つまり、このサムライロードの価値は風景そのものではなく、ストーリー性だということです。

「ここはサムライが歩いた道である」「江戸から京都へ続く街道の一部である」そうした物語と打ち出し方があるから、人は歩きに来る。

その意味では、八女でも十分に可能性はある。風景で言えばむしろ八女に分がある。何をどう物語化するか、そこがすべてだと感じました。


余談:九州オルレについて

九州には(八女にも)「オルレ」という歩く旅のコースがありますが、名称が韓国語であることからピンとこない人が多すぎる。コンセプト自体は良いだけに、PRの仕方としては少し弱いのかもしれません。

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