東アジアは恋愛も人生も窮屈すぎる?そんな中で僕が見つけた、笑って生きるフィリピン人との国際結婚
- Jiro Sakamoto

- 8月1日
- 読了時間: 8分

Youtubeなどでたまによく見る「奢る・奢らない」論争が盛り上がっているのを見るたびいつも感じています。誰が奢るべきか、割り勘は失礼なのか、男らしさとは、女の厚かましさとは…そんな言葉が今回も飛び交っていて、正直ばかばかしいなと感じてます。
でも、なぜこの話題は何度も燃えるのでしょうか。
ただの食事代の問題ではなくて、そこには「どうあるべきか」という無言の期待や文化的なプレッシャーが詰まっているように思います。
奢る=優しさ
割り勘=冷めてる
奢られる=感謝すべき
といった決まりごとのようなものが、人と人の関係性を縛っているのです。
そういった所で僕は昔から日本でも十分に生きづらいと感じることがありましたが、どうやら中国や韓国ではさらに強烈だそうです。
韓国では、初デートで割り勘にしただけで「誠意がない」と判断されることがあるそうですし、中国では、マンションや車を持っていなければ結婚対象外という空気が当たり前にあると聞きます。そこには、感情や人柄よりも「条件」や「スペック」が優先される文化があります。
そんな社会の中で、自分らしく恋愛するのはかなり難しいことだと思います。僕自身、日本で育ち、それなりに息苦しさを感じてきましたが、もし韓国や中国で生まれていたら、もっと早くに心が折れていたかもしれません。
この三か国は、経済的に豊かで教育水準も高いのに、人間が“人間らしく”生きていくには、とても難しい文化的構造を抱えているように感じます。
だからこそ僕は、この三か国(日本・韓国・中国)は、ある意味で「世界でもっとも生きづらい三兄弟」かもしれないと感じています。
日本では空気読みスキルが求められ、韓国は儒教的な年上尊重文化が日本以上に強烈でありルッキズムも日本以上にひどいという。中国ではその点まだわかりやすいとは聞くが、もっとシビアなスペック至上主義社会であり、メンツを重んじる文化が厳しい。
この三兄弟は何をするにも「ちゃんとしてるか」が重視され、「自由でいること」や「感情をそのまま表現すること」が二の次になってしまう。そんな社会の中で、息をするように暮らすには、ある程度の“演技力”が求められてしまいます。
33歳で婚活をしていた頃の話ですが、当時はすでに天空の茶屋敷に暮らしていて、ここでの生活に手応えは感じていたものの、「一緒に人生を歩める人」と出会えるかどうかというテーマは、また別の次元の話でした。
オンラインで婚活してましたが。(今では普通でしたが2019年はそんなにオープンにオンライン婚活してますなんて言う人は周りには誰もいなかった時代ですね)
当時、婚活の相手として考えていたのは、日本人、台湾人、そしてフィリピン人の女性たちです。どこに住むかというより、「もし日本人以外だったら、どんな文化背景の人となら、お互い素でいられる関係を築けるか」という観点で向き合っていました。人種や国籍というより、“文化の空気感”を重視していたのです。
フィリピンの女性たちは、感情表現が豊かで、笑顔が絶えませんでした。たとえ遅刻しても、うまくいかないことがあっても、「大丈夫、大丈夫」と笑って受け流してくれる柔らかさがありました。
相手の経歴やスペックを重視するのではなく、人柄で接してくれるその空気は、もともとポンコツで日本人女性からも韓国人女性からもボロクソいわれた過去があってちょっとしたトラウマを持っていた僕にとってとても居心地がよいと思ったのです。
英語でやりとりできる点も大きなメリットでした。茶屋敷という現場で暮らす僕にとって、現地語に縛られすぎない関係性というのは、生活との相性も良かったのです。
台湾人は、また違った魅力を感じてました。彼女たちは日本人っぽく礼儀正しく、ルールを順守したり生活の基盤もしっかりしていて、文化的にも日本と共通点が多く、安心感がありました。台湾は街がきれいで、ご飯も美味しく、医療や交通のインフラも整っている国。しかも、多様性への理解が進んでいて、外国人への接し方も自然で優しい。中国語を勉強してみたいというモチベーションも湧きましたし、実際に話すことで距離が縮まるような感覚もあって、惹かれるものがありました。東アジアと東南アジアの文化の緩衝地帯として多くの日本人には丁度よさを感じるのではないかと思います
日本人の女性ももちろん選択肢として向き合っていました。ただ、自分自身が日本社会の空気にずっと違和感を持って生きてきたこともあり、同じ価値観の中で育ってきた人との関係が、どれくらい“素”で成り立つのかには、正直少し不安もありました。
そうした中で、フィリピン人のパートナーと自然に出会い、今は結婚して一緒に暮らしています。それは偶然のようで、実は「文化的な相性」を大事にしていたからこその必然だったのかもしれません。笑顔でいられること、感情を素直に表現できること、決まりごとよりも“その人らしさ”を大事にすること。僕が人生で本当に大切にしたいと思っていた要素がお国柄にあるからです。
僕の方がフィリピン人ぽくて妻の方が日本人っぽいとよく言われるのですが、これ実は国際結婚あるあるだそうです。
伝えたいこと
この経験をもとに僕が伝えたいのは、「逃げてもいい」ということです。日本・中国・韓国のような社会構造の中で、「ちゃんとできない自分」を責め続ける必要はありません。合わないなら、合わないでいい。そこから離れることは、恥ずかしいことではなく、むしろ「自分を守るための賢さ」だと思います。
天空の茶屋敷をつくったのも、そういった思いからです。
「ちゃんとしていないと生きていけない社会」に違和感を覚えたからこそ、まずは自分が自分らしくいられる場所を自分の手でつくりたかった。そしてその空間をいいと思ってくれる人に来て欲しい。
ここでは、正しいか間違っているか、そういう価値観からいったん離れて、ただ“今ここにいる”ことを楽しんでほしいと思っています。
そして今、市議会に関わってみて改めて思ったのは、価値観のアップデートがとても遅いということです。平均年齢が高く、新しい意見が入りにくい構造になっていて、「変わること」自体に抵抗がある。議会は本来、改革の最前線であるべきなのに、今のままでは難しいと感じています。
だからこそ、政治の中からだけでなく、外から社会に“もうひとつの在り方”を示す必要があると考えています。それは旅だったり、ゲストハウスだったり、発信だったり、いろんな形があると思いますが、「逃げること=生きること」として捉えてもらえるような存在になれたら嬉しいです。
台湾を選ばなかったことを後悔しているかと聞かれたら、特にそうはおもってないです、というか人生はタイミングと運がほとんどの要因を占める、時にはその時の持ってる材料でギャンブルしないといけないこともある、特に台湾には縁を引き寄せることが出来なかったのでフィリピンの今の妻で決心したというだけのことです
台湾に家族を持つこと、フィリピンに家族を持つことを本気で考えたからこそ、自分の中で「何が大事なのか」が明確になりました。台湾は本当にバランスのいい自由を持った国です。生活もしやすく、ご飯もおいしく、人も優しい。だけど、今の僕には、フィリピンのゆるさや笑顔のほうを選んだんです。
自由にはいろんなかたちがあります。整った自由、適当な自由、突き放された自由、包み込まれる自由。どれが正解というわけではなく、自分に合った自由を見つけることが大切だと思います。僕はそのときどきで、「今、自分が一番笑っていられる場所」を選んできました。
そしてこれからも、自分らしく生きながら、特に東アジアの三か国の人々に「こういう生き方もあるんだよ」と静かに伝えていけるような存在でいたいと思っています。逃げることは、生きることです。そう胸を張って言える社会に、一歩でも近づけたらいいなと思っています。
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👣 福岡県八女市の山奥にて、宿・お茶・言葉のある暮らしを続けています。
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八女の山奥の集落の一番上にある茶畑に囲まれた古民家。目の前に絶景が広がり、家の裏には壮大な棚田が広がる。もともとは長年空き家だったその場所に旅人が移住し、地域とともに再生させました。今ではホームステイ型家族経営ゲストハウスとして稼働しています。メディア露出も多数
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筆者が宿業をやる傍らでお茶の生産もしています。限界集落に移住してきたものが耕作放棄地を譲り受け、地域の人に学び、農薬などは使わない方法で、訪れてくる人とともに汗をかきながら生産しています。そんな物語のある山奥の自然豊かな所で育った八女茶です。
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筆者紹介:坂本治郎(ジロー)
福岡県八女市の山奥で「天空の茶屋敷」を営むゲストハウスオーナー/市議会議員。2000日以上の海外放浪を経て田舎に移住し、生きづらさを感じやすい日本社会の中でも、笑って暮らせる居場所を自分の手でつくりました。現在は国際結婚で一児の父。人と人が素でつながれる社会を目指して、日々議会の中でも奮闘しています。




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